剣道の「道」とは
いったい何のために剣道をするのでしょう。強くなりたいから?試合に勝ちたいから?小川忠太郎範士九段は「竹刀を刀だと思って真剣に稽古して本当の日本人になる」と云われました。「日本人」とは、どんな人をいうのでしょう?大昔、日本は「倭(わ)の国」と呼ばれていました。やがて「大和(やまと)」という国が日本を一つにまとめたのが始まりです。その国づくりに一生を捧げた人が聖徳太子です。彼がつくった十七条の憲法の第一条に「和を以て貴しとなす」とあります。ここにこの国のあるべき姿、日本人の姿が示されていると私は思うのです。争わず仲良くすること。そうした人になる道を、竹刀を手にとって学ぶのが剣道なのです。それは三歳の子どもでも理解できます。しかし、実行するのは七十歳の老人でも難しいことです。だからこそ、一生懸命稽古することが大切です。子ども達には「元気に、楽しく、仲良く」稽古してほしいと思います。
諸行無常
新年度になると、毎年子どもたちが退団していく。進学、就職によって環境が変わり、剣道が続けられない状況になったり、他に新しいことを始めたり、事情は様々。剣道指導者として最大の敗北は、剣道をやめさせてしまうこと、剣道を続けてもらえないことだと思う。剣道の魅力を伝えきれなかった、私の力の足りなさかもしれない。ただ、ここ南相馬の場合、特殊な事情がある。剣道部のある中学校が市内6校中4校、そのうち何とか3名以上で団体戦が組めるのが3校である。息子が進学するであろう中学校には剣道部がない。高校に至ってはもっと少なく、団体戦が組める高校は南相馬市を含めて地区に3校しかない。剣道人口をもっと増やしたい。剣道の盛んな地域にしたい。課題は山積みである。
ロゴについて
当少年団のロゴは『原町剣道スポーツ少年団』の下に「MINAMISOMA」、「竹刀」に見立てた横のライン。とてもいいデザインを考えていただいた。水平に描いた竹刀には「平等」という意味が込められている。剣道の世界には段位や称号、年齢、経験、実績等、上下関係が存在する。もちろん一般社会でも上司と部下などの関係もある。しかし、刀の前では人は平等、体が傷つけば誰でも同じ赤い血が出て、同じ痛みを感じる。向かい合った相手は同じ人なのだ。私が上下関係より最も大切だと思っていることは「間合」、つまり相手との距離の取り方。剣道が思うようにできなかったり、人間関係のトラブル等も、すべてこの間合に問題があるのではないだろうか。堀口清範士九段は「間合は人格」と言われていた。人を知り、間合を知って、技も言葉も、それに応じて適切に使うべきであろう。
ここは忍者教室?
最近は下は4歳から小さい子が来るようになった。まだまだ胸を張って「剣道」と呼べるような練習はしていない。まずは、道場内を駆け回ったり、チャンバラ遊びをしたり。思いっきり体を動かして満足したところで素振りと足さばき、一応打ち込みの真似事。それでもちゃんと正座をして「お願いします。」と「ありがとうございました。」が言えるようになった。最初のころよりだいぶ成長した。しかし、子どもたちの元気パワーはすごい。また、よく動く。剣道教室ではなく「忍者教室」と化している(残念ながら忍術は専門外なので教えられません)。私も子どもたちから元気をもらっている。